名古屋高等裁判所 昭和32年(う)894号・昭32年(う)895号 判決
第一、(一)原判決挙示の各証拠を総合すると、被告人両名は共謀の上公文書毀棄の犯意をもつて、昭和二十六年四月十二日頃原判示第一のごとく情を知らない当時の猪高村農地委員会書記加蔵広史をしてほしいままに同委員会備付の議事録簿(証第七号)中から同判示の議事録一通(同簿末尾添付の議決部分全部を記載した議長加藤守一作成名義の昭和二十六年四月六日付議事録一通)を取除かせ、よつて同議事録を一般の縦覧に供することができないようにし、もつて公務所である同委員会(昭和二十六年三月三十一日農業委員会法が施行されたが、同法に基く猪高村農業委員会は同年七月成立=被告人横地貞次郎の検察官事務取扱に対する供述調書中第二項部分参照=したので、従前の村農地委員会は農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律附則第二項によりなお存続するものとされた。それゆえ、前記昭和二十六年四月十二日頃当時においては猪高村農地委員会はなお存続していたこととなる)の用に供する文書たる同議事録一通を毀棄したことを認定するに十分である。
(二)原判決引用の被告人両名の原審公判廷における各供述、原審証人加藤広史同柴田宗一各尋問調書、高柳宗明の検察官(事務取扱)に対する供述調書及び押収にかかる証第七号議事録簿中前掲昭和二十六年四月六日付議事録によると、前記昭和二十六年四月十二日頃の原判示第一の犯行当時、同判示の議事録中に議事録署名者として指名された柴田宗一、高柳宗明両名の署名押印か未だなされていなかつたことは論旨指摘のとおりであるが、同議事録を検すると、その末尾には作成人である猪高村農地委員会会長で議長たる加藤守一の署名(代署)押印がなされてあることが明らかであり、且つ同議事録は右原判決引用の各証拠によると、同判示の公文書毀棄の犯行前既に同委員会備付の議事録簿中に編綴されて一般の縦覧に供されていたことが認められる。ゆえに、同議事録が議事録署名者の署名押印を具備せずその方式に欠缺があり未完成文書であるとしても、いやしくも前記農地委員会会長加藤守一がその権限に基いて作成し同委員会の用に供する文書である以上、同議事録は刑法第二百五十八条にいわゆる公務所の用に供する文書に該るものと解すべきである。
されば、原判決が原判示第一事実を認定し(もつとも、原判文により明らかなように、原判決は従前の取扱例等を理拠として同議事録を恰も完成文書であるもののごとく判断したのは誤であると認められるが、結論において同議事録を刑法第二百五十八条にいわゆる文書に該る旨判断しているのであるから、その誤はけつきよく、判決に影響を及ぼさないものと認める)右同法条第六十条を適用の上被告人両名を各公文書毀棄罪に問擬したのは正当で、原判決には山口弁護人所論のように判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤、加藤弁護人所論のように判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認はない。各論旨は理由がない。
第二、(一)村農地委員会の議事録は農地調整法第十五条の二十三第四項により同委員会における会議の顛末を記載すべき記録であるからその顛末中重要部分は全部これを記載すべく、従つてその一部を記載し「部を記載しないことを得るものではない。ゆえに、議事録を作成するに当りその一部のみを記載する方法により会議の顛末を偽つた場合には議事録に虚偽の記載をなしたこととなりすなわち、虚偽の文書を作成したものと解するを相当とする。本件についてこれをみるに、原判決挙示の各証拠を総合すると、原判示の猪高村農地委員会会長であつた被告人加藤守一及び同委員であつた被告人横地貞次郎の両名は原判示第一のごとく共謀の上、昭和二十六年三月二十九日及び同年四月六日にわたり継続開催された同委員会における会議の顛末として、議長から「只今協議中結論に達した即ち宅地か未墾地かは既に前委員会で議決しており飽くまで前議決を有効尊重し要は一部の利得に賛成出来兼ね両者共過去の一切を白紙に返し本土地に関する配分処理等総てを地元部落に一任し以て部落の円満を主眼として進まれる様切望するのであります」と提案し、満場異議なくその旨議決した旨記載された同委員会会長で議長たる加藤守一作成名義の昭和二十六年四月六日付議事録(証第七号議事録簿中末尾編綴の同議事録)を情を知らない同委員会書記加藤広史をして議事録簿中から取除かせた上、原判示第二のごとく、同議事録に代え新らたな議事録を作成するに当り、被告人両名は更に共謀の上、虚偽公文書作成同行使の犯意の下に(同犯意の点に関し被告人両名において錯誤のあつたものとは認められない)、同委員会会長で議長たる加藤守一の職務(前示農地調整法第十五条の二十三第四項参照)に関し行使の目的をもつて、情を知らない同委員会書記加藤広史をして当時の猪高村役場用紙にほしいままに、前記昭和二十六年三月二十九日及び同年四月六日にわたり継続開催された同委員会における会議の顛末として議長から「宅地か未墾地かは前委員会で決議されて居り飽くまで前議決を有効尊重し前議決を再確認願います」と提案し全員異議なくその旨議決した旨記載し、「本土地に関する配分処理等総てを地元部落に一任し以て部落の円満を主眼として進まれる様切望する」旨等のその余の部分の提案及び議決のあつた事実については故らに、その記載を脱漏させ(被告人加藤守一及び同弁護人山口源一の各所論は右被告人は前記加藤広史をして同部分の記載を脱漏させたものでない旨を主張するけれども、原判決挙示の原審証人加藤広史尋問調書並びに同人の検察官事務取扱に対する各供述調書によると、被告人加藤守一同横地貞次郎の両名は共謀の上右加藤広史をして同部分の記載を脱漏させたことを認定でき、当審証人加藤広史の供述によるも右認定を左右するに足らず反つて右認定を補強するに足りる)、右方法により同委員会の会議においてかかる事実のなかつたもののごとく虚偽の記載をなした議事録を製し、作成年月日欄に昭和二十六年四月六日と記載し、作成名義人欄に同委員会会長で、議長たる加藤守一の氏名を代署せしめその名下に猪高村農地委員会長印を押捺させ、もつて右加藤守一の職務に関し虚偽の公文書一通(証第七号議事録簿中前記議決の一部を脱漏した昭和二十六年四月六日付議事録)を作成し即時右加藤広史をして恰も前記会議の顛末中議決部分全部を真実に適合して作成した議事録のごとく装いこれを同委員会の議事録簿中に編綴(証第七号議事録簿参照)し同委員会事務所に備付けさせてこれを行使したことを認定するに十分である。記録及び原審並びに当審取調の各証拠中以上認定に抵触する部分はその余の各証拠に徴しいずれもこれを措信し難きものと認める外なく、その他記録及び原審並びに当審取調の各証拠中以上認定をくつがえすに足りる証拠はない。しかして以上認定事実によれば、被告人両名の該所為は各刑法第百五十六条の虚偽公文書作成罪及び各同法第百五十八条第一項の同行使罪を構成(虚偽公文書作成罪は身分犯であるところ、被告人構地貞次郎にはその身分がないから同被告人については刑法第六十五条第一項第六十条により共同正犯として同罪を構成する。なお職権をもつて調査すると原判文によると、原判決は法令の適用において同被告人の同罪につき同法第六十条のみを適用し同法第六十五条第一項を適用していないことが明らかであるから、原判決はこの点において法令の適用を誤つたものといわなければならない。しかし同判文により明らかなように、原判決は両被告人につき共同正犯として同罪の構成することを認めているゆえ、その誤はけつきよく、判決に影響を及ぼさないものと認める)すること明らかである。
(二)弁護人は前記新議事録を作成するに当り、脱漏させた「本件土地に関する配分処理等総てを地元部落に一任し以て部落の円満を主眼として進まれる様切望する」旨等の部分は議決事項に属しない単なる要望事項に過ぎずまた同部分の議決は農地委員会の議決としては無効であるとの前提の下に本件虚偽公文書作成同行使罪の構成を否定するので、この点に関し改めて考察するに、原判決引用の各証拠を総合すると、前記猪高村農地委員会の会議における議決の経緯は原判示のごとく、猪高村猪子石所在三菱工場跡地の買収に関し昭和二十五年六月八日開催された猪高村農地委員会において、該土地を未墾地として買収しない旨議決したところ、その後同部落内において同議決に賛成するいわゆる宅地派と同議決に反対し該土地を未墾地として買収すべしとするいわゆる未墾地派との間に紛争を醸したが、後者からの申出により右土地買収に関する件を再議に附することとなり、前記昭和二十六年三月二十九日及び同年四月六日の両日にわたり継続開催された同委員会において審議されたところ、論議続出して容易に議決するに至らかつたので、両派の面子を保ちながら妥結するの外なき事態に立ち至り、審議の末、その方策として、同委員会会長で議長であつた加藤守一から前記のごとく提案されるに及び、右両派共にそれぞれこれにより一応その面子を保ち得たものとして、該提案に異議なく賛成しここに前記のごとく議決されるに至つたものであり、若し右土地に関する配分処理等総てを地元部落に一任する旨提案されることなく、単に前委員会においてなされた前議決を有効尊重しこれを再確認する旨提案されただけであつたとすれば、到底前記議決に至らなかつたことが認められる。以上の経緯に徴すると、前記委員会における会議の顛末中「本件土地に関する配分処理等総てを地元部落に一任し以て部落の円満を主眼として進まれる様切望する」旨等の議決部分は同会議の顛末中重要なる一部であつたことが認められる。それゆえ、同部分は緊急動議的議決事項であつたものとも認められるし、また同部分の議決は無効であるとは認め難いが、仮りに、同部分が要望事項に過ぎなかつたものとしても、はたまた同部分の議決が無効であるとしても、同部分が前記委員会の会議において議決されたものであることが動かぬ事実である以上、同部分を故らに脱漏して新らたな議事録を作成するがごときことは真実に適合しない虚偽の議事録を作成するものというべく、もとより法の許さざるところであり、これをあえてするときは虚偽公文書作成罪を構成し、またこれを行使するときは同行使罪を構成するものといわなければならない。従つて右と所見を異にする同弁護人の所論は採用するを得ない。
(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 坂本収二 裁判官 水島亀松)